朝の蝉《2》~百合日記⑤~
初めて幸が私の部屋に泊まった日の翌朝も、こんな晴れた明るい朝だった。
私が目を覚ました時、彼女はまだ眠っていた。カーテンの隙間からはほんの少し光が差し込んでいたけど、あたりはまだ早朝の静けさに包まれていた。
5分。10分。幸の寝顔を見ていると、やがて窓の外から蝉の鳴き声が聞こえてきた。
隙間から差し込む室内はだんだんと明るくなり、それにつれて蝉の鳴き声も大きくなってくる。午前中のやわらかな光と、絶え間ない蝉の鳴き声だけが、四角い室内に溢れていた。
あんなに幸福だった夏ってない。あんなに苦しかった夏もない。
言葉が途切れると、幸はいつも私の髪や頬に触れた。頬を滑っていた指に顎を捕らえられ、自分の唇に重なってくるものを受け入れた。あの夏の日々、幾度も幸が泊まった部屋で、カーテンの隙間から差し込む光の中で、触れ合った部分から熱を帯びてくる体を持て余しながら、浅ましい程に何度も抱き合っていたのだ。
私は、初めての恋人に触れられることに夢中になっていた。
初めの頃は、幸も私も穏やかに笑っていた。いや、こうして思い出す彼女の顔は、どれも穏やかなものばかりだ。
ふと、隣で眠るえんちゃんの体が身じろいで、私は過去から醒める。
そろそろ起きなければならない。蝉の声は、いよいようるさくなってきた。
のろのろと起き上がって、窓を開ける。もう夏も終わりだ。空気の中に、そんな気配を感じた。
続きます(・∀・)
朝の蝉《1》~百合日記④~
醒めたあと〜百合日記③〜
ソファの上でしばらく戯れた私たちの肌は、少し汗ばんでいた。交代でシャワーを使って部屋着に着替えると、さっきの酔いがすっかり醒めているのを感じた。
素面のえんちゃんは恥ずかしそうだったけど、やっぱり私の隣にくっついている。
「ゆりちゃんが気持ち悪がらないでくれたのが、すごくうれしい。」
「気持ち悪く、ないよ」
私は膝を抱えた。
「ゆりちゃんに触れて、ゆりちゃんが触れてくれて。言ってしまったら嫌われるかもって思ってたから……信じられない」
「でもね、」えんちゃんの顔を見ないまま、私は言った。
「えんちゃんと私は、たぶんこれ以上はできないと思う。」
「…やっぱり気持ち悪い?」
「気持ち悪くない。でも、私たちって……なんて言うか…」まだ少し濡れた髪をもてあそびながら、言葉を考える。
「私たちって、2人とも受け身ちゃんだから…たぶん、これ以上は進まない。」
えんちゃんは黙り込んでしまった。悲しそうな顔に、少し心が痛む。
「キスは、時々してもいい?」
「いいよ。えんちゃんがしたいなら。」
「ゆりちゃんは、女の人と付き合ったことあるの?」
「…うん」
「今…は違うよね?」
「高校の頃」
「…別れちゃったの?」
膝を抱えたまま、頷く。
「好きだった?」
「うん……すごく」
好きだったよ。ここしばらくは、あまり思い出さないようにしていたけど。
彼女の顔も、声も、私に触れる指先も。全部全部、大好きだった。離れてしまって、普通に生活できているのが不思議なほど。学校に行き、友だちと笑い合ったり、男のコと付き合ったり、バイトしたり。でも、彼女がそばにいない。
「その人とは、もっといろいろした?」
「うん。いっぱいしたよ。」
たくさん触れ合った。彼女は綺麗な指で、私の髪を梳いて、くちびるを擽った。半分子供だった私たちは、覚えたての恋に夢中になった。
「なんていう名前?」
問われて、私は久しく呼ぶことのなかった名前を呟く。思い出すと今でも心臓を掴まれたように痛む、懐かしいひとの名前を。
続きます(・∀・)
えんちゃんの告白…から始まった〜百合日記②〜
「私ね、ゆりちゃんが好き」
グラスを置いたえんちゃんが、うつむいてそう言った。
夏休みの帰省を取り止めた私の部屋で、食後にちょっとだけと飲み始めたカシスソーダのグラスの水滴をもてあそびながら。顔は上げない。
「えっと……」
『好き』…この場合、好きって。この雰囲気は。
えんちゃんは同じ学部の同級生。サークルも同じで仲は良いけど、うちに来たのは久しぶり。サークルで発行してる会誌の編集の件でうちに来た。編集の話はそこそこに、ごはんを食べて、軽く飲んで……そして、冒頭のセリフである。
「去年の夏ね、サークルのみんなでいっしょに飲んだときから」
去年?去年から?なんで?えんちゃんが『そう』だとは全然わからなかった。私はグルグルと考える。
それとも、『わかる』のだろうか。この1年半で、女友だちに好きと告白されたのは2人めである。
私は男の子と遊んだり付き合ったりしてる話をサークルでもしている。女のコとは…もう3年、そういうことはない。その頃のことは、友達にも話していない。でも、わかるのだろうか…と考える。
「ゆりちゃん、あの時すっごい酔っ払って、すっごい騒いで途中で寝ちゃって。1人で帰れそうになかったから、私が送って」
「ご、ごめん。あの時は」
去年の失敗を思い出して、恥ずかしくなる。いや、覚えてはいないんだけど。
「酔っ払って騒いでるとき、ゆりちゃん『えんちゃんえんちゃん』ってずっと言ってて。ノコちゃんにも浅見ちゃんにも『えんちゃん』って呼んでて」
えっ、ゴメン…
「それがかわいくて、キュンってなった」
えんちゃん、それはちょっと変わってるよ…
「おしゃれでかわいいし。ずっとゆりちゃん見てたい」
えんちゃんはうつむいてるけど、耳たぶまで赤くなってるのが見える。
「でも、ゆりちゃん彼氏いるよね。女のコとか興味ないよね。わかってるんだけど」
赤く染まったえんちゃんの耳たぶを見てると、少し興味が湧いてくる。優しくしてみたくなってしまう。
手を伸ばして、そっと耳たぶに触れてみた。えんちゃんは、びっくりして顔を上げる。
「ごめん、耳たぶ赤かったから…ちょっと触ってみたくなっちゃった」
「赤い?恥ずかしい…」
「うん。すごく赤いし……熱くなってるよ」
私は、その赤い耳たぶを指で挟んだ。えんちゃんはまたうつむいてしまった。グラスの横に置かれた手に触れてみる。手は冷たくなっている。
「手は、冷たいね」
うつむいていたえんちゃんが顔を上げる。目のまわりが赤い。少し酔ってるのかもしれない。
「ゆりちゃんが、もし女のコ気持ち悪くないなら、」
今度は目を逸らさずに言う。
「ゆりちゃんとちゅーしてみたい…」
「でも、えんちゃんは女のコが好きってわけじゃないんじゃないの?」
「わからない。男の人とも付き合ったことないし。でも、ゆりちゃん見てたらドキドキするし、ゆりちゃんとキスしてみたい」
私はえんちゃんの隣に移動した。顔を覗き込むと、目を逸らす。ちゅーしてみたいと言ったのに。私は顔を近付けて、えんちゃんの唇にくちびるで触れた。
「私とキスしてみたかったの?」
えんちゃんは固まったみたいに動かない。
「もっとする?」
「…うん」
もう1度顔を近付けて、軽く触れる。2度、3度、ついばむようなキスをした。
続きます(・∀・)
はじめに〜百合日記①〜
日記のような、体験談のような……
親しい友達には話せない、過去のことや現在のことを、ゆるく更新していく予定……かも。